小説 昼下がり 第七話『冬の尋ね人。其の二 』



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 そして、陽子の姉のこと。
 啓一は、無数に絡む縺(もつ)れた糸が
解(と)け、白日の下に曝(さら)される
現実を受け入れる心の余裕と、準備はで
きていた。
      (三十七)
 啓一は意を決して訊ねた。
 由美は暫(しば)し沈黙した。陽子も事
の深層(しんそう)を図りかねていた。
 「解りました。お話しましょう。
 先ほども申しましたが、秋子より、啓
一さんには全てお話するように云われて
いますからね。
 陽子も多少、知っているとは思います
が、良く訊いてね」
 啓一は、由美の観念的な言葉ではなく、
実践的な言葉に重みを感じた。
 「山田さん、今は教授をしていますね。
私の夫、勇二の部下でしたの。
 中尉だったわ。もう一人、夫を慕って
くださった部下がいました。
 その人の名は坂上源次郎と云ってね、
山田さんと同じ中尉でした。
 山田さんと坂上さんは同じ大学の同窓
生。
 その後、学徒動員で配属されたのが、
勇二の部隊でした。

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北部戦線でソ連軍と勇敢に戦ったと訊
いています。夫、勇二の戦死の真相は彼
ら二人から訊きました。
 このことについては啓一さん、お話は
勘弁してー。辛(つら)いの。
 お二人から訊いてほしいわ。二人は、
今でも時折、訪ねて来てくれます」
 そう云うと、由美の眼から一粒の涙が
こぼれ落ちた。
 由美はそっと、袖口で涙を拭(ぬぐ)
った。
 「訊くところによると、夫は、今際
(いまわ)の際(きわ)に、山田さんと、
坂上さんを呼び、『俺が死んだら、秋子
と、その娘の行く末を頼むー』と、二人
に託したらしい。
 二人は厳命を下された、と思ったのね。
その後は、金科玉条(きんかぎょくじょ
う)の如く、その命(めい)を守り通し
ているということね。
 夫も二人を可愛がり、そして信頼して
いたのね。
 その話を訊かされたとき、私はこう思
ったわ。『何故、秋子とその娘なのかし
ら。妻である私はどうでもいいのかしら』
ってー。嫉妬かもね。
 今では、夫の云うことが理解できます」

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 陽子は由美の眼をじっと見詰め、訊き
入っていた。
 外は雪が降り続いている。すでに庭は
雪一色。キラキラと光っていた。
 「おばあ様、ほら御覧なさい。雪でい
っぱい。明日は積もっているわ」
 陽子は心が躍るのか、声がはしゃいだ。
 「啓一さん、ごめんなさい。
 どこまで話したかしら?」
 「二人が秋子さんとその娘を守り通す、
というところです」
 「そうそう、山田さんは帰還後、大学
へ入り直し、教授になったのね。
 一方、坂上さんは国家一種試験に合格
し、当時の東京警視庁に入りその後、警
視正まで上り詰めたわ。
 ところが、警視庁の警護課で要人の警
護の指揮を執っていたとき、直属の部下
の不注意が発覚し、責任を執り辞職しま
した。
 縦社会の厳しいところで、坂上さんは
責任感が強かったからね。
 今は秋子の近くで暮らしていると、云
っていました」
 『ボーン、ボーン』。時計の針が八時
を刻んだ。啓一は、急激に襲う空腹に耐
えていたー。      
   ―次回【真実への階段】に続くー

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